第20回1995年5/19
「口を開ける天の川」
南米の山頂で宇宙を体験
美しい星空は、良好な自然環境を示すバロメーターであると思っています。しかし、よりリアルな星空の姿を追求すると、そこは宇宙という異なる環境に移行して行きます。宇宙の本質に迫ることができる場所、そこは、非常に過酷な条件の場所です。
南米チリのラスカンパナス天文台もそのひとつです。私は89年、NHKサイエンススペシャルの仕事で、延べ2ヶ月にわたりここでの生活を体験しました。湿度は10パーセント台のこともあり、多湿な新潟に生活する私は、初日から喉や鼻に異常をきたしました。風邪ににた症状で、喉がひりひりし、鼻が詰まってきて、呼吸が苦しくなるのです。頻繁に飴をなめたりしますが、気を紛らわせるのもままなりません。水で濡らしたマスクをかけていないとなかなか眠れない日もありました。皮膚は乾燥し、唇は、リップクリームを絶えず塗っていないと大変なことになります。大声でもだそうものなら、ばりっと割れてしまう危険性があるほどです。
しかし、感動をえるためにはそういった代償が必要なのかもしれません。ラスカンパナス天文台の生活を思い起こせば、あの満天の星空にかかった天の川の異様な姿と親切な天文台のスタッフの背後で、厳しかった現実が影を潜めます。
立っていられないほどの思いに捕らわれる天の川の姿がそこにありました。
南緯29度のこの地では、5月ごろの夜半に、いて座付近が天頂(頭の真上)にさしかかります。同時に、天の川は、その最も明るく、最も太い部分を頭上において、南北に凸レンズ状の姿を見せてくれます。それはまさに、私達の太陽系が属する2000億個の恒星の大集団---「銀河系」の断面に他なりません。中央に走る暗黒のベルトが、まるで巨大な口のように地上の我々に向けられるのです。
山頂に立った私は、地球上で最も銀河中心に近い存在となります。地上を見渡せば、まるで大地と星空の区別など無いかのように澄みきった空、宇宙のただ中にいるという実感ともう一歩昇ればそこは宇宙なのだと言う認識が全身を支配します。私は、思わず岩の上に仰向けになり、この至福の時間にひたっていました。
(キャプション)南緯30度ほどの地域では、今頃の深夜に、天の川の中心が天頂に昇ります。南米チリにて魚眼レンズで撮影
------>チリ・ラスカンパナス天文台紀行
星紀行抜粋(165タイトルより抜粋)