第1回1/7
小説「雪国」の星空
小説の美しい空は今はいずこに
毎年、集落にある小さな社に初詣に出かけます。ある年は雪が降り、ある時は寒風に吹かれ、ごく希に黒い雲の間から冬の星座が寒風に一層輝きを増して顔をのぞかせるときがあります。 しかし、今、美しい星空は貴重な存在になりました。文明の作り出す人工光に照らされて、空が明るく星が見えなくなってきているのです。美しい星空は紛れもなく健全な自然環境の一部ですし、人々は実に様々な恩恵を星空から授かってきました。
その恩恵の一例として、時節柄小説「雪国」ご紹介しましょう。
川端康成の雪国は、近代叙情小説の代表であり、川端文学の美の頂点に達した作品といわれます。この小説が越後湯沢を舞台にそこで描かれたことは県民にとって大変幸運なこです。
小説の佳境、駒子の「天の河。きれいね。」を始まりに実に多くの「天の河」の描写が出てきます。川端康成の表現した天の川それを含む冬の星空の描写は、驚くほどリアルで生々しいものです。天の川の輝きは、はるか彼方の存在として、小説の中では、主人公島村の東京での浮き世の現実と、湯沢での生活の距離感や,駒子との別離を暗示しています。芭蕉の「天の河」の句、つまり遊女伝説や七夕の伝説になぞらえたものとの見方もありますが、いずれにしろ、澄み渡った冬の星空は、小説のラストを、特異なシャープさと緊迫感で締めくくっています。紛れもなく作者が湯沢で見た星空がそこにあります。
私はこの小説の空を描くために、数年間幾度となく越後湯沢に足を運びました。近年の湯沢に当時の面影を求めることはできないことはとても残念です。立ち並ぶ高層ビルにナイタースキーの照明、その明るさは谷川岳をはさんで、群馬県側からもそのシルエットを見ることができます。いま、美しい星空は本当に貴重な存在になったことを実感します。
キャプション
小説雪国に出てくるラストの描写を参考に、越後湯沢の冬の宵空を再現しました。谷川岳の方向にかかるオリオン座が印象的です。
小説雪国の空■逆さ星-水田に写る星■頭上に輝く天の川中心■芭蕉の見た天の川■旧暦の七夕祭り■失われる星空